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自転車ロードレースの2022年シーズンも10月初旬で概ね終了しました。

 今年はここ5年来の傾向に違えず20歳前後の若手選手の活躍がめざましく、ツール・ド・フランスのマイヨ・ジョーヌ(黄色いジャージ、総合タイムでの優勝者)はデンマーク人の22歳、また続くブエルタ・ア・エスパーニャのマイヨ・ロホ(赤いジャージ、同じく総合優勝者)はベルギー人の22歳でした。3大グランツール※で贈られる賞のひとつマイヨ・ブラン(25歳以下の選手に贈られる白いジャージ)が殆どのレースで3位入賞やポイント賞などの受賞者とと重複し、あまり賞の意味をなさなくなってきている状況が続いています。

 あと女子のレースが男子とほぼ同様の規模・スケジュールで開催され、信じられないことにオランダのファン・フルーテン選手がグランツールすべて、世界選手権、さらにいくつかのモニュメント(長い歴史のあるワンデイレース)で総合優勝しました。

感覚的にいえば「グランツールに出られること」「ステージで1勝すること」すらすべてのプロ選手がキャリアのうちに必ず達成できることではなく、まして総合優勝すれば一生評価されるようなすごいことなので、どれだけの偉業かがわかります。来年以降どんなレースが見られるのか、女子も楽しみです。

来月11/6のさいたまクリテリウムにはツール総合優勝のJ・ヴィンゲゴーをはじめ錚々たるメンバーが来日しますので、ニュースなど見かけたら注目してみてください。【M.O】


※「ツール・ド・フランス」「ジロ・デ・イタリア」「ブエルタ・ア・エスパーニャ」いずれもおよそ3週間20数ステージ、合計3,000km以上を走る国際レース

 自宅から西に少し歩いたところに急な坂がある。雨が降ると滝のようになるとのことで、「滝坂」と名付けられ、その昔は甲州街道の難所の一つだったらしい。

 この地形の高低差は、多摩川が武蔵野台地を浸食してできた河岸段丘によるもので、立川あたりから大田区まで続き「国分寺崖線」とも呼ばれる。

 崖地ぎりぎりまで宅地がひしめき合う中、崖線に沿って南下していくと、豊かな緑が残されている一角に出くわす。作家の武者小路実篤が晩年を過ごした居宅とその敷地跡である。

 没後、遺族の意向のもと敷地まるごと市に寄贈されて以来、「実篤公園」として当時のまま保存されている。

 このあたりの崖線の下には多くの湧水群があり、園内では珍しい植生やニジマスが生息する池も見ることができる。

 実篤は「水の豊かなところに住みたい」という念願を叶え、都心を離れてこの地に移り住んだとのこと。宅地開発される前の原風景を感じられる貴重な場所だった。

【T.O】

小さい頃、盛岡に住んでいた。足腰の弱った母を連れて回顧旅。角館から田沢湖を周り、岩手に入る。宿は網張温泉。スキー場も併設。日テムのスキー旅行で来たこともある。小岩井農場は少しくだった所。昔はSLホテルがあった。食事もお風呂も覚えていないが、夜、外に出た時、降ってくるようにささる星空にびっくりした。人生で一番最初に感動した星空である。ここに泊まる方は外灯を消して、ぜひ降り注ぐ星空を堪能してほしいと願うばかりである。


 そんな母の元に特殊詐欺電話がかかって来た。ついついA君?今、○○にいるんじゃないの?と話してしまって情報搾取。そんな話を聞いたので、慌てて母の元へ行く。2-30分後、案の定、Aだけどカバンを忘れて今、○○・・・と電話がかかってくる。折返すから番号いくつだっけ?と尋ねると、携帯がないから外からかけているんだ。と言う。焦っている声だと、本人の声と錯覚する。あなた誰?と押し問答の末、○○に誰もいないんだけど。と言ってみると、沈黙の後、電話は切れた。

ちなみに昭和の時代検証、平日の日中に300km以上離れた所から公衆電話で掛けたら、100円玉がいくつあっても足りない。テレホンカードだって1枚じゃ済まない。硬貨なら、落ちる音が聞こえる。少なくとも、10円カウントごとに、プツッ、プツッと小さな音が入る。カードなら出てきた時にピピッと取り忘れの警告音がなる。明らかに外からではないのだが、スマホ世代の人は、そんな事知らないだろうなと思った。もちろん悪用されるといけないのでそこの矛盾はつかない。

2度目なので、どこかの名簿に載っているのであろう。注意せねば。


写真キャプション

左:連休なか日の小岩井農場一本桜。バックの岩手山は真っ白だった。

右:SLホテルも施設は残ってた。

【W.I】



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